研究備忘録

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映画「スターリンの葬送狂騒曲」をより面白く理解するために(ネタバレ注意)

先日、映画スターリンの葬送狂騒曲を見てきた。

 

都内の某映画館で見てきたのだが、お盆にも関わらず席がガラガラで驚いた。

新聞やネットでは広告を見かけるが、たしかにこの映画はソ連史に関する知識がないとちょっととっつきにくい。だから見に来ている人が少なかったのかもしれない。

 

コメディと銘打っているものの、シリアスな部分も多く、それは史実をもとに描いているものも多々あった。

 

なので、映画の内容に関して、ソ連についてほとんど知らない人でも理解できるようにこの記事を書くことにした。基本的にネタバレ注意なのだが、映画の元ネタは史実。wikipediaでも見たら結末は分かってしまう。だから、この記事を見てから映画を見てもいいと思う。なるほど、と思っていただければ幸い。

 

以下、ネタバレ含む本題。

 

まず、相当簡略化するが前史。1917年のロシア革命以降、ソ連の最高指導者はレーニンだった。しかし、1924年にレーニンが死去すると、スターリンが政権を担うスターリンは自らと対立するトロツキーを国外追放にするなどして、権力基盤を強化し、独裁体制を築いていった

 

スターリン政権下のソ連第二次世界大戦ではヒトラー率いるナチス・ドイツを破り、戦後(1945年以降)は東欧まで影響力を広げていった。そこでアメリカとの対立が深まる。これが冷戦である。

 

1949年には核実験に成功。また、同年には中国で社会主義政権が誕生した(中華人民共和国)。

 

影響力を広げるソ連だったが、一方でスターリンは衰えを隠せなかった。そして、自身が行ってきた粛清に対する報復を恐れ、周囲への猜疑心を強めていった

 

たとえば、1953年1月にはクレムリンで働く9人の医師らがテロリスト集団だとされて逮捕されている(医師団陰謀事件)。映画の中で「モスクワに優秀な医者は残っていない」といった発言があったが、それはこの事件を踏まえての発言である。

 

そんな状況下で、1953年3月5日にスターリンは死去する。史実では3月1日に別荘で倒れたとされているが、死去するまでの4日間は、医師による延命作業が行われたとか、ベリヤがすぐに医師を呼ばなかったとか、部屋の中に誰も入れてはならない決まりになっていたため誰も気が付かなかったなど様々な説がある。

 

とにもかくにも、3月5日の死去の後、スターリンの後継の椅子をめぐり権力闘争が引き起こされる

 

映画の中では、ベリヤとフルシチョフの対立軸が鮮明に描き出されるベリヤは元NKVD(国内の治安維持を担当する秘密警察)の長官で、スターリン政権下での粛清に辣腕を振るった人物。一方のフルシチョフはモスクワの党第一書記だった。

 

映画の公式パンフレットでも、フルシチョフの肩書きが「モスクワ党第一書記」となっていたが、これはいったいどういう意味なんだろうと思った方もいるだろう。なので、少しだけソ連の政治制度の話をする。

 

ソ連の正式名称がソビエト社会主義共和国連邦なのは有名だが、これは「ソビエト」「社会主義共和国連邦」で切れるのではない。ざっくりお話しすると、ソ連の政治体制を「ソビエト社会主義」と言い、その「ソビエト社会主義」を掲げた「共和国」が「連邦」を形成しているという意味である。この「ソビエト」とは会議という意味で、ソ連には全国に最上位にあたる最高ソビエト(最高会議、日本でいえば国会に相当する)から地方自治体のソビエトに至るまで、たくさんのソビエトが存在したのである。これがソ連の国家のシステムである。

 

他方で、ソ連という国家は共産党の指導を受ける。これがソ連史に明るくない人には理解しがたいところである。ソ連の最高指導者は書記長と言われるが、これは実は国家元首ではない国家元首は先述の最高会議における幹部会議長である。では書記長とは何ぞやというと、ソ連にただ一つだけ存在する政党である共産党のトップなのである。この党のネットワークも全国各地に存在していた。ちなみに、さらに言えば、ソ連には首相もいる閣僚会議議長というやつである。これは日本の首相と同じく行政府のトップである。

 

話がややこしくなったが、要するに最高会議や閣僚会議の上に、それらを指導する共産党という存在がデーンと横たわっているのをイメージしていただきたい

 

話を戻す。フルシチョフ共産党のモスクワでの最高権力者だったわけだ。

 

この映画には様々な人物が出てくる。たとえば、モロトフ。さえないキャラクターとして描かれているが、独ソ不可侵条約締結の際、ナチス・ドイツと秘密協定を結んだ外務大臣といえば世界史の教科書でやったのを思い出すのではないだろうか。

 

あと、主要人物としてはマレンコフ。彼は副首相である。スターリンの死後、筆頭書記(書記長とほぼ同義。共産党の最高指導者)を数日間務めた。これは映画でも描かれている。

 

その他、貿易大臣ミコヤン(余談だがミグ戦闘機を設計したアルチョーム・ミコヤンは彼の弟)、国防大ブルガーニン(後に首相になり社会科教科書では著名なジュネーヴ四巨頭会談に参加)などなど。彼らはソ連共産党の中の政治局のメンバーである。1952~1966年(つまり映画の舞台となった時代)は幹部会と称した。ただしモロトフは1952年に除名されていた。だから映画の中でベリヤから「殺されるぞ」なんて脅されていたわけである。ちなみに政治局というのは共産党の中で最重要事項を決議する機関である。

 

映画の中盤からジューコフ元帥が登場する。第二次世界大戦ソ連を勝利に導いた軍人である。ジューコフフルシチョフに協力し、ベリヤを処刑する。何故ジューコフフルシチョフに協力したのかといえば、それはベリヤ率いる秘密警察NKVDが軍人を大量に粛清してきたからに尽きる。ソ連では秘密警察と軍部の仲は非常に険悪だったのだ。

 

映画のラストシーンではベリヤを処刑した後にマレンコフが筆頭書記の座を降りてフルシチョフと交代するように描かれているが、実際はマレンコフが筆頭初期の座を降りた時期より後にベリヤが逮捕、処刑されている。フルシチョフは政権に就いた後、スターリン批判を展開しスターリンが生前行った粛清などを糾弾する。そして、彼もまた1964年にブレジネフによって政権の座を奪われるのである。

 

他にも書きたいこと、伝えたいことは山ほどあるのですが、それはまた別の機会にでも。

 

それでは。